自分の人生はいい人生にだったと言えたら最高ですね。

「夢を叶える夢を見た」

ある仕事をしていて、恥ずかしくない、費やす労力と時間を無駄だと思わない、金にならなくてもやる、ということがあれば、その仕事はその人にとって「本職」なんです。

夢を持とうな。夢のない人生なんて死んでいるのと同じだよ。生まれてきたからには、何かをしなければならない。それも早いうちに。

ボクシングの深さを感じる。「ひとつも打たれていないけど、勝てない」という人間はどこの世界にもいる。殴り合いに挑む度胸のない者は、王者になれない。

死の床でもっと仕事をすればよかったと言った人はいない

揺れる要素のひとつに、「このままではいけないし、人生を変えたい。でも、私は何がやりたいのかわからない。何が夢なのかわからない」というのがある。

モチベーションが社長が喜ぶか喜ばないかになっちゃんですよ。悲しいなと思って。

人間は死に向かって行進している。それをごまかすために、仕事とか家族とか恋愛とか、色んなことをするんだと思う。

成功しようがしまいが、死ぬ間際に「いい人生だったな」って思って死ねるか死ねないか。それでしょう。

最低限いえるのは、自分で考えて決断すれば、失敗しても後悔はしないということ。会社に骨を埋めるつもりで働いていて、「明日から来なくていいよ」といわれるよりはいいでしょう。

「飛ばなきゃよかった。失うものが多すぎた」と思う人たちは必ずいる。サラリーマンは、何もしなくても給料がきちんと払ってくれる環境というのはすごかった。自分は「会社に行って、息だけ吸って帰ってくる」と言うレベルであると思っていた。「生きているのか死んでいるのかわからない」と思っていた。が、死んでいるような私にさえ、会社はきちんと給料を保証し、ボーナスまで払ってくれた。逆に考えれば、精神的充足を趣味など他のことで叶えられる人は、何も無理して会社を辞める必要はないということだ。

飛べばよかったと後悔する人もいる。「たった一度の人生を、生かしきれなかった」人生を無駄にしたという後悔の激しさは、ある意味では、「落ちるところまで落ちた」に等しい。「本当にやりたいことをやらないと後悔するわよ、一生。一生、後悔する。」「後悔ばかりの平和な人生より、ずっと生きている実感がわくんじゃないかしらね。私、人生を失敗したと思ってる」

飛ぶにせよ飛ばないにせよ、最後に迎えるのは死ということがすべての価値観。死ぬ時に「いい人生だった」とおもれば、それはプロセスの完結を成功で迎えたことですよ。他人から見た時に、小さな人生だったとか、貧しい人生だったとか言われようが、成功した人生だったんです。自分が幸せだと思って死ねれば。それがすべてですよ。すべて。


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